このポエム作成の動機となった記事とか

関係ありそうな記事

なんとなく書いただけの文章

 2023~2025年に LINE 殺意マシマシでスマホを殴りつけながら仕方なく使っていることがあった。毎回ユーザの足元を見ながら改悪してくことについて、検索してもろくな記事出てこないなと思っていたことがあった。しかし、ついに2026年になってようやく LINE について否定的な記事が出てきた気がするので、自分がどうしているか、記事にしてみようかなと思ったところである。

 LINE についてそもそも私個人として看過きないとしている項目はすぐに思いつくものは以下のとおりである。

  • AI 機能と称して、LLM を強制的に組み込み、完全に無効化するオプションをなくして、一ヶ月くらいだけその項目を出さないようにするというオプションしかない。ユーザの拒否権を尊重しない態度である。
  • メッセージ削除を有料機能として人間関係を人質に取ろうとしている。
  • もとからシェアが偏っており、多くの日本人が日常的に使い、日本郵便など様々なサービスが LINE に提携しており、偏って少なくとも日本国内において力を持っている。
  • 情報技術に疎い層をダークパターンであからさまに狙い撃ちしている。広告ドメインを、LINE メッセージ本文と一緒にすることで広告ブロックを妨害するなど、意地でもユーザを支配しようとする。
  • 現状は買収により、ヤフー傘下のサービスであり、かつ斜陽のサービスで、どう考えても特定の層の日本人を狙い撃ちする以外の意図が見えない。LINE スタンプが、LINE以外で使えないとかは、確実にすでに既存のユーザかつ技術や自らの権利に興味関心を積極的に持たない疎い層にとって刺さっていると思われる。
  • 疎い大多数を利用することで、無理やり技術や権利に積極的な層もねじ伏せられているように見受けられる。現状をわかっている人にとって、LINE は消極的な選択肢として、連絡手段として存在しているということだと思われる。
  • LINE Lite などのメッセージングだけに特化したシンプルで必要十分なアプリを削除し、ショート動画サービスの真似事を使いたくないユーザにも押し付けてくるなど、ユーザに対して実装が上から目線すぎるし、明らかに大多数の相手が誰かわかったうえで実装されているようにしか見受けられない。
  • ほとんどの人が利用規約を読んでいないとわかっていながら、都合のいいように内容を書き換えていると思われる。重要な項目は完結に短く、大きく提示するとかもなく、ユーザに責任やリスクを転嫁しようとする姿勢が多々見受けられる。
  • 既存のユーザに対して茹でカエルの現象が起こっているおそれがある。段階的な改悪の導入は、一定の鈍感な層の離脱を防ぐ目的があると思われる。

 これら問題から、私が出した現状の答えとしては、E-mailへの回帰と、RCSメッセージの利用である。RCSメッセージに関係する Google 自体も、かなり LINE と似たような問題を持っているため、自前のドメインとメールサーバによる運用を併用し、重要なやり取りはメールで行うようにする方向性になってきている。結局のところ、中央集権的なアーキテクチャのアプリや SAAS などは極力使いたくない。使用に伴うリスクと代償があまりにも大きすぎる。私はそれらに対して、政治的にも加担したくないので、私個人にまつわることとしては徹底的に排除したい。いづれにせよ、LINE は改悪の兆候があったわけで、前々から使いたくないが、人間関係や仕事のために仕方なくというベンダーロックインの話自体はネットにあったが、最近の改悪ぶりはいよいよという感じである。

 E-mail の回帰については、自前でサーバを持ったりすること自体は、セキュリティを考慮する必要もあり、ある程度ネットワークに理解がある必要もあり、万人には勧められないことかもしれない。しかし、Proton Mail など、既存の様々な代替手段を検討するだけでもやらないよりはマシだと思われる。理想をいえば、メールをバックエンドにしてメッセージングアプリを作るというのも1つある提案だと思われる。というか多分すでにある気もする。

 少なくとも私の身の回りでは、重要なことはメールで進むことがそもそも多く、LINE は例えば大学では学生同士に関するやり取りに使われていたことが主だったように思う。最近は本格的に LINE は廃止方向にしており、身内とのやり取りには使用を禁止とし、現状の LINE は LINE 以外の手段が完全に死んだときだけに消極的に、かつ一時的に残しているに過ぎない。そう遠くないうちにアカウント削除も検討している。また LINE はスマホでは利用を禁止し、PC 版(純粋なメッセージ機能のみの実装となっているため、広告も出ない)のみの利用とする。

 そもそも LINE がなければ回らないという現場があった場合、それはその現場の問題であり、それに巻き込まれた人の問題ではないとする。現状の LINE は私からすれば確信犯的に、実装をしているということにしか映っていない。そもそもサービスのもとでからしても信頼できないとする。現状の LINE とは、LINE が始まった当初の 2010年代に最初にターゲット?となった、シェアを支えることとなった層に回帰しようとしているのかもしれない。具体的なことはあえて言わないが。

 私がメールを重要視しているのは、それが古臭く思われようが、それが結局なんだかんだいって最低限の機能はありつつ、伝送における暗号化もあり、現状で現実的で実用的な選択肢であり続けていることがある。スタンプ機能なんてオプションだし、そんなのに囚われて振り回されるなんて溜まったものじゃないのでとっとと捨てる。スタンプ的な機能がほしけりゃ適当に GIF 画像でも作って添付すればいいだろう。自分でサーバを持つことができ、一方的に運用に関して干渉されるリスクは、LINE やそれに類似するチャットサービスに比べればマシだろう。そもそも LINE でやり取りする相手が、本当に自分にとって必要な存在なのか疑問である。別に、他の人が LINE を使っていることを否定するつもりはないが、私に関して影響が出るなら、黙ってはいられない。

 結局私にとって LINE の何が問題なのかと言えば、力を持っていて、それを自覚しながら、悪意のある実装やサービス運用をしているということにあるのだと、簡単に言えば思われる。私の言う悪意とは、実態に基づいて実害があるか、リスクがあるかということを意味している。いくら運営や開発が、合法や大衆を理由にしようとも、実態に基づかないことは私からすれば無効である。合法であることは、問題がないことを意味していないし、ルールに無数に穴があることは古典的な問題である。守ることが目的化したルールは正当ではなく、機能していないと考えられる。大衆はあくまで数と強制力の問題であり、正当性の根拠ではなく、正当だと思われやすいトレードマークである。単に、シンプルに信頼性のあるメッセージングアプリとしてわきまえない姿勢や態度は、私を苛立たせ、怒らせて、代替手段に移行するのに時間を使わせるのに、十分だったということである。真っ当にサービスを提供しなかった LINE やそれに類似するものは、看過できない。

 じゃあ、私がここまでのことから、LINE の関係者である、または関係者であった存在を一概に嫌ったり否定するかといえば、それも否定する。それは、それら関係者に問題がある存在がいないという意味ではない。様々な個別の事情があることから、組織やサービスと、それに関わった人を分けて考える必要があるとする。私は、LINE 社内にいたわけでもないので、あくまで利用者の立場として、これからどうするかということと、LINE と自分との関係性について、過去を振り返ったに過ぎない。憶測もあるし、受け入れがたい、嫌いという感情から、この記事には強い言葉が使われている。

 私は LINE に限らず、リアルで実際に関係がある人と連絡を取る以外の用途におけるチャット的な情報伝達について否定的である。これはネットだけのつながりを主とするものを否定するものではない。しかし私にまつわることとしては、いわゆる SNS と呼ばれている物は生涯利用したくない。他人のことに振り回されている暇があれば、物理的に身近なことや自分のことをしたいと思う。他人が出す情報については、情報発信者が情報発信の媒体も運用しているブログなど、情報発信と情報の管理者が一体となった自立した情報源や、プログラミング言語やライブラリに関するドキュメントなど、なるべく自立した存在のものを優先したいと考える。

 また LINE に起こっている問題は、LINE 特有だとは考えない。私個人の感想としては、2015年以降に見られる、Tech 関連企業においてそれぞれ見られる傾向を LINE も踏んだに過ぎないとする。UI が大きく今ある風に変わり、YouTubeはフラッシュによる動画配信をHTML5による配信に置き換えたあの時代が、今もこうして引きづられているに過ぎないとする。Windows で言えば、LINE で起こっている問題に相当するのは、アカウントにログインすることの強要やコパイロット強制や、勝手に画面をスクショする問題に加えて、元からMSアカウントでログインしたら勝手にデスクトップなどをOneDriveにユーザの同意なくアップロードし始め、5GB制限で課金を突然迫るなど、私が知っているだけでも 10 年以上にわたるユーザ軽視や侵害とも取れる一連の実装が挙げられる。

 2015年から2020年くらいは、やられたときに、その都度ワークアラウンドをあてがってきて、それで利用者として問題を押さえつけてきた感じであるが、2020年以降に関しては、そうとも言ってられなくなっていった気がする。Linux 環境に移行するきっかけになったし、今まで使っていたあらゆる物事を見直すことにはなった。確かに時代は変わったように思うが、私にとっては"当たり前だと思っていることは当たり前じゃない"ことを明確に実体験を伴って突きつけられる結果となっているように思う。